鳥取家庭裁判所 昭和37年(少イ)1号 判決 1963年3月26日
被告人 井上たき
伊藤俊子
主文
被告人両名はいずれも無罪
理由
本件公訴事実は、「第一被告人井上たきは、鳥取市吉方町二丁目四一三番地において、弁天堂という屋号で、飲食店を経営し、酒類を販売しているものであるが、昭和三六年一二月三一日頃、右店舗において、○本○久(昭和一九年九月一六日生)、○城○(昭和二〇年四月一八日生)に対し、同人等がいずれも満二〇歳に至らずして飲用するものであることを知りながら、ビール二〇本、清酒一升を販売し、第二被告人伊藤俊子は、同市吉方三区二四〇番地において、松屋荘旅館という屋号で、旅館業を経営し、客に酒類を供与しているものであるところ、その雇人である同旅館会計主任松浦政照は、同店の業務に関し、昭和三六年一二月三一日頃、同旅館において、前記○本及び○城外○山○(昭和二〇年六月二八日生)、○内雅○(昭和一九年七月一八日生)、○田○一(昭和一九年四月七日生)、○浜○吾(昭和二〇年六月一九日生)、山○○男(昭和一九年八月二五日生)、○水○行(昭和二〇年七月三日生)、田○○一(昭和二〇年五月一一日生)、中○○彰(昭和二〇年一一月一九日生)、○尾正○(昭和二〇年四月一八日生)等に対し、同人等がいずれも満二〇歳に至らずして飲用するものであることを知りながら同旅館女中吉田芳子、同中原節子を介して、清酒一升を販売したものである」というに在る。
よつて按ずるに、被告人井上たきは、かねてから肩書住居たる鳥取市吉方町二丁目四一三番地で、「弁天堂」という屋号で、店舗を設け、パン、菓子、麺類、ジユース牛乳、ビール等の飲食物を販売しているものであり、又、被告人伊藤俊子は、かねてから肩書住居たる同市瓦町一三四番地で、夫たる伊藤泰雄と共に、「松屋旅館」なる旅館を経営し、その外、昭和三三年一二月頃から、同市吉方三区二四〇番地で、「松屋荘旅館」という屋号を以て、旅館業を経営しその実際の経営一切は、同被告人の妹の夫たる松浦政照に委しているものであることは、本件記録中の鳥取保健所長発信に係る電話による回答録取書二通、松浦政照の検察官に対する供述調書、証人たる同人の当公判廷における供述及び被告人両名の当公判廷における各供述によつて、明らかである。而して、昭和三六年一二月頃、当時、同市内の「△△機工株式会社」の工員であつた○本○久、同市藪片原町の「△△洋服店」の店員であつた山○○男、県立△△工業高校一年生であつた○城○等の少年が、愚連隊や街の不良少年等から因縁をつけられたり、苛められたりした際、結束してこれに対抗せんとて、仲間を募り、「△△会」なる団体を結成せんことを企てていたこと、同少年達は、右仲間として誘い込んだ、当時、県立△△工業高校一年生であつた○山○、田○○一、○浜○吾及び○尾正○、県立□□高校一年生であつた○内雅○、同市湯所町所在高校予備校たる△△学院生徒であつた○田○一、県立△△高校一年生であつた○井○孝、県立△△訓練所生徒であつた○水○行及び中○○彰等の少年と共に、一二、三名で、同月三一日午後一時半か二時頃から、被告人伊藤俊子経営に係る、前記「松屋荘旅館」二階表側一○畳位の客室に集合し、前記「△△会」なる団体のいわゆる結成式類似の会合を催したこと、その際の会費は、一応、一人につき二〇〇円で、その内訳は、料理代一五〇円、客室使用料五〇円ということになつており、酒代は含まつてはいなかつたのであるが、会談中、ビールでも飲もうかということになり、○本○久、○城○の両少年が、被告人井上たき経営に係る、前記「弁天堂」に赴き店舗内で、○城少年が、パンを食べ、ジユースを飲んでいる間に、主として、○本少年が、「同窓会に使うのだから」とて、交渉し、近くの酒店からビールを取寄せて貰つた上、同被告人から、ビール二〇本を買求め、なお、偶、同被告人方において持ち合せていた清酒一升をも譲り受けたこと及び一二、三名の少年達は、○本少年等両名が「松屋荘旅館」に持ち帰つた右ビールを全員で飲んだ外、右清酒の燗をして貰つて、これを飲み終つてから、同旅館で、清酒一升の追加注文をなし、その燗をして貰つて、これを飲んで仕舞つたことも、これ亦、前顕松浦政照の検察官に対する供述調書及び証人たる同人の当公判廷における供述の外、○山○、○内雅○、○田○一、○浜○吾、山○○男、○水○行、中○○彰及び○尾正○の司法警察員に対する各供述調書、吉田芳子の検察官に対する供述調書並びに証人○本○久、吉田芳子、○城○及び田○○一の当公判廷における各供述によつて、明らかである。ところで、当公判廷において、被告人井上たきは、「○本、○城の両名共、大きな体格をしており、又、△△機工の工員だと言つていたので、まさか両名が未成年者であるとは思わなかつた。会社の工員連中が忘年会ででも飲むため、誰かの使で来たものかとも思つた。清酒の方は、平素、売つてはいないが、偶、婚礼のお祝に貰い、持ち合せていたものを譲つてやつたのである」旨弁解し、又、被告人伊藤俊子の弁解によれば「松屋荘の経営は、自分の妹の夫たる松浦政照を信用し、帳場兼支配人たる同人に委しているのであるが、同人や女中達の話では、少年達は、いずれも体格が大きいので、一見して、未成年者とは思われなかつたとのことであり、又、女中達は、酒席に出て酌をしたりしていないし、元来、△△機工という会社の名前で、申込んで来たので、いずれも成年に達していると思つたとのことであつた」というに在るところ、右各弁解と前顕各証拠とを彼此対比して、仔細に検討するとき、先ず、訴因第一の点につき、被告人井上たきが、○本○久、○城○の両少年に、ビールや清酒を売渡した際における両少年の服装、体格、言動等からも考えても、同被告人の前記の如き弁解を以て、必ずしも故ら虚構に出でたものとは断定し難いし、その他、同被告人において、右両少年を含めこれを飲用すべき者が未成年者であることを知つていたということを断ずるに足る資料は、極めて乏しいといわなければならない。次に、訴因第二の点につき前記の如く、一二、三名の少年達が「松屋荘旅館」で会合を催した際における右少年達の服装、体格、言動等の外、右会合開催については、予め、○本○久、○城○の両少年が、市内の公衆電話で、「△△機工の○本だが、会合のため借りられる部屋があるだろうか」とて、「△△機工株式会社」工員としての○本なる名義を以て、申込んだこと、右会合の際、少年達の間から、別段歌も出ず、比較的静かであつたこと、注文した料理とか、燗をした清酒等は、二人の女中が、二、三回に亘つて、会合の場所の入口まで運んだけれども、別段酒席に出てサービスをした形跡が認められないこと等の情況から考えても、被告人伊藤俊子の前記の如き弁解を以て、これ亦必ずしも故ら虚構に出でたものとは断定し得ず、たとえ、主として少年達に接した「松屋荘旅館」の女中が十分なる注意を払わなかつたとの譏を免れないとしても、同旅館の経営担当者たる松浦政照が女中を介して、清酒の追加注文に応じた際、同人において、注文者が未成年者であることを知つていたということを断ずるに足る資料が十分であるとはなし難い。結局、本件において、被告人両名の各刑事上の責任を追及するにつき、その前提として、被告人井上たき本人或いは、被告人伊藤俊子経営に係る「松屋荘旅館」の従業者たる松浦政照に、公訴事実にいうが如き各違反行為があつたことを認定するについて、犯罪の証明がないことに帰着するから、刑事訴訟法第三三六条により、被告人両名に対し、無罪の言渡をなすべきものとする。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判官 組原政男)